作品選定:
ペドロ・コスタ(『ヴァンダの部屋』『ヴィタリナ』監督)
ジョゼ・マヌエル・コスタ(シネマテッカ・ポルトゲーザ館長)
パリで映画を学び帰国したパウロ・ローシャの監督第一作。田舎からリスボンへ移り住み新生活を始めた若者ジュリオの恋心と孤独を清冽に描く。ロケーション撮影、省略と飛躍が印象的な、「ノヴォ・シネマ」(新しい映画)の嚆矢となる重要作。ポルトガルを代表する女優イザベル・ルートの初々しい佇まいが魅力的。
ローシャの監督第二作。ポルトガルの漁村を舞台に、兵役から戻った主人公が挫折を経て、人生を再出発させるまでの軌跡を描く。村民たちの漁の様子、麦わらや砂集めなどの労働が、モノクロの映像で丹念に積み重ねられる。従来の劇映画のストーリーテリングとは一線を画す偏心的構成が斬新な佳作。
14年の歳月をかけて作られた日本・ポルトガル合作映画。日本人女性を愛し、日本に歿した作家ヴェンセスラウ・デ・モラエス(1854–1929)の波瀾の生涯を描く。ポルトガルと日本、中国の古典文学を換骨奪胎し、東洋と西洋ふたつの精神が交叉する。ローシャの奔放な想像力が生み出した過剰なる問題作。
大作『恋の浮島』でその半生が描かれた作家モラエスの足跡を、ローシャ監督自身が辿るドキュメンタリー。ポルトガル、マカオ、神戸、徳島などモラエスゆかりの地を訪ね、人々の証言に耳を傾ける。後に『モラエス恋遍路』を著した瀬戸内寂聴も登場。『恋の浮島』と合わせ鏡のような貴重な作品。
紫式部『源氏物語』からの翻案である本作は、長年にわたった独裁政権が1974年に倒れ、政局が混乱を極めるポルトガルが舞台となる。多くの女性と恋愛を楽しむ新進気鋭の政治家ジョアンが、恩師の娘と恋に落ちる。しかし彼女はジョアンの息子とも関係を深めていく…。撮影は『恋の浮島』につづいて岡崎宏三が手掛けた。
「20世紀に欧州が初めて認めたポルトガルの芸術家」と言われる前衛画家、アマデオ・デ・ソウザ・カルドーゾの生誕100年記念作。モディリアーニを初めとする芸術家たちとフランス等で交流を持ち活躍したものの、第1次世界大戦によりポルトガルに帰国。祖国では理解されないまま夭折した天才の人生を辿る。
ポルトガル北部、ドウロ河沿いの小村を舞台に、初老の新婚夫妻、不倫相手の子を身ごもる若い女、幻視の力をもつセールスマンらの嫉妬と欲望が渦巻き、やがて惨劇へと至る。川とともにある暮らし、村祭り、随所で挿入される口承音楽など、土地に根差す文化をふんだんに織り込んだ、ローシャ後期の代表作。
ローシャによるルノワールとフェリーニへのオマージュ作品。カリスマ的政治家カトンの掌握が進み、偏見と暴力が横行し人々が分断されゆく不穏なリスボンの街を、ミュージカル仕立てで描く。カトン、真贋2人の聖アントニオ、ドラァグ・クイーンの4役に扮する名優ルイス・ミゲル・シントラの演技にも注目。
気鋭のファッションデザイナーのネラに見出され、田舎の村から出てきた美しい娘ミラ。彼女を巡り男たちの情念が蠢く。ネラが病に倒れ、その後をミラが継ごうとするが…。ゆるやかに流れるドウロ河や聖ジョアンの祭りなど『黄金の河』と共通する背景をまじえながら、ポルトという都会に生きる男女の姿が描かれる。
パウロ・ローシャの遺作。主人公に父親の人生を投影しつつ、自作の断片の引用をまじえて構成されたローシャの半自伝的ドキュメンタリー・フィクション。自らの原点を探りながら、ポルトガルのアイデンティティをも俯瞰した本作は監督の生前に完成。逝去翌年のロカルノ国際映画祭で世界初上映された。
特別上映:パウロ・ローシャ関連作品
ローシャ最後の愛弟子サムエル・バルボーザが監督した師の足跡を辿るドキュメンタリー。俳優のイザベル・ルートやルイス・ミゲル・シントラ、脚本家レジーナ・ギマランエスらへのインタビューのほか、ローシャと縁のある日本の土地や人々も訪ね、その作品の本質を探る。マノエル・ド・オリヴェイラや高野悦子と親しく語らうローシャの映像も見られる。
ヴェネツィア国際映画祭の第70回目を記念し、ジャン゠マリー・ストローブやアッバス・キアロスタミなど世界の名だたる映画作家が参加した連作動画『ヴェネツィア70:リロードされた未来』の一篇。風の音とともに始まり、溝口健二とパウロ・ローシャの墓碑の映像が、かしわ手の音を契機に交錯する美しい掌篇。題名はティツィアーノの絵画から。
「我が家の窓からは『青い年』の舞台となった場所が見える」というロドリゲス監督。ジョアン・ルイ・ゲーラ・ダ・マタ監督と共に、ローシャの視点に導かれ、名作『青い年』から60年後のリスボンを同じカメラワークで撮影していくが、新型コロナウィルスの流行により中断を余儀なくされ、街からは人の姿が消えていく…。