■F・W・ムルナウ監督作品
人里離れたフォーゲルエート城を舞台に過去の殺人事件をめぐって息詰まる駆け引きが展開する。城の客人の中に兄殺しの罪を疑われるエッチュ伯爵がいた。そこへその兄の未亡人が再婚した男爵と城にやってくる。何やら秘密を胸に秘めた様子の伯爵夫人。やがて明かされる真実と鳴り響く銃声。ムルナウによる異色のミステリー作品。
ブラム・ストーカーの小説『ドラキュラ』を自由に翻案した古典的名作。影の効果、ネガフィルムの使用などトリック撮影で視覚的に恐怖のシンフォニーを奏でる。本作でオルロック伯爵と名乗る吸血鬼は人間味のない化け物として登場し、大量のネズミを連れて疫病を蔓延させ文明社会を滅亡の淵へと追いやる。
ムルナウが表現主義的手法を駆使して幻想と妄執の世界を描き出した作品。読書の虫で作家志望の男ルボタが街頭で馬車に衝突し、それに乗っていた美しい女性ヴェロニカに心を奪われる。以来ルボタはまるで幻(ファントム)に取り憑かれたように彼女を追い続け、職も財産も失い転落してゆく。
財政破綻の瀬戸際にある小さな島国の大公が、窮地を逃れるためにロシアの大公女と結婚することになるが、その背後には様々思惑や陰謀が渦巻いていた。大公がかつてある女性に宛てた手紙が脅迫者の手に渡り、それを取り戻すための策略も展開する。ムルナウが唯一手がけた喜劇映画で独自の笑いのセンスを披露する。
<くびきを解かれたカメラ>のカール・フロイントによる見事な移動撮影、挿入字幕を用いずに物語るという実験によって知られる20年代ドイツ映画の代表作の一つ。豪華ホテルのポーターが老齢により職場を移動させられるが、その豪華な制服を盗み出してポーターのフリを続けようとする。権威への妄執を皮肉るドラマが展開する。
モリエールの洒脱なフランス喜劇をサイレントで映画化するという大胆な試み。偽善的な聖人タルチュフが彼に心酔する貴族一家を食い物にする物語は劇中映画で上映され、タルチュフの話を教訓として、金持ち老人の甥が腹黒い介護女性に叔父の財産が奪われそうなことを警告する枠物語が付随される。
ドイツの古い民族伝承そしてゲーテの戯曲で有名な『ファウスト』の物語。メフィストは大地にペストを拡散させ、絶望する賢人ファウストに永遠の若さを与え、彼を堕落させて魂を奪おうとする。だが悪魔の策略は愛の力に挫かれる。様々なトリック撮影を駆使したムルナウのドイツ時代の集大成的作品。
■フリッツ・ラング監督作品
ラングが表現主義と民話的モチーフで作り上げた初期の傑作。原題は「疲れた死神」。恋人を失ったヒロインは死の壁の向こうに住まう死神から恋人を取り戻そうとする。死神は3本の燃えるろうそくを示し、この命の炎が消える前に誰か一人の命でも救えれば恋人を返すと約束する。彼女はこの試練を乗り越えられるのか。
催眠術によって人を自在に操る犯罪者マブゼはナチス前夜のドイツにおける不穏な社会の底辺に潜む悪の代名詞となった。原作はフランスの小説だが、ラングは独自のキャラクター設定と印象的なラストを創作し、続編とシリーズ化の礎石となった。本作は第一部「賭博師」第二部「犯罪地獄」からなる。
ドイツ中世の叙事詩として知られるニーベルンゲンの歌を壮大なセット美術によって映画化。ワーグナーの楽劇のロマンティックな世界観に依拠しつつ、英雄ジークフリートの活躍、婚礼、陰謀による死、そして財宝の略奪が描かれ、ドラマは大きな弧を描いて後編へと向かってゆく。
前編『ジークフリート』の壮麗な建築美やメルヘン的なトーンとは打って変わり、本作は夫を亡くしたクリームヒルトが仇の一族を皆殺しにする凄惨なドラマが展開する。ナチス時代に『ジークフリート』は国民的英雄譚として再公開されたが、ドイツ魂の滅亡を描く『クリームヒルトの復讐』は完全に忘却された。
SF映画の原点にして頂点。富裕層が人生を愉しむ地上世界と貧しい労働者が押し込められた地下世界の対比。その仲介役となるべき聖女マリアは人造人間となって反乱を扇動する。神話と未来世界と社会批判が混然一体となった本作は、『フランケンシュタイン』『ブレードランナー』など多くの作品に影響を与えた。
ラングによる新たな犯罪映画。表向きが銀行頭取だが陰で犯罪を組織する悪党ハギを追うエージェントの活躍を描く。前作『メトロポリス』の大幅な予算超過で窮地に立たされたラングは、比較的低予算でこの娯楽性豊かなアクション作品を生み出した。日本風の切腹シーンなど奇異な見せ物も登場する。
ラング最後のサイレント映画。月へのロケット探検旅行を詳細な科学技術描写とリアルな人間ドラマによって描いたSF作品。月までの飛行は順調だったが、着陸時にトラブルを起こして酸素や水を失い、乗り組員たちの間で次第に緊張が増してゆく。また一人の女性を巡る男たちの確執は悲劇的な展開を迎える。
ラング初の音声映画は、当時のドイツを震撼させた連続殺人鬼の事件をモチーフに、それを追う警察と犯罪者たちの息詰まる捕り物ドラマ。下敷きにブレヒトの『三文オペラ』があるのは明らかだ。殺人鬼を演じるペーター・ローレもブレヒト劇の主役を演じる若手の実力派俳優だった。
前作『ドクトル・マブゼ』ラストで狂気に陥り逮捕されたマブゼ博士は、収容施設の一室で犯罪計画を書き続け、そんな折マブゼを彷彿とさせる事件が多発する。果たしてマブゼはテレパシーで人々を犯罪へと動かしているのか。表現主義的な幻想シーンとリアリスティックな都市の風景が交差する異色のドラマ。