恋愛三昧

Liebelei 1932年(85分)

監督/マックス・オフュルス

出演/ヴィルフガング・リーベネイネル(フリッツ・ロベイメル) マグダ・シュナイデル(クリスティーネ) ウィリ・エイヒベルガー(テオ・カイゼル)

 演劇とオペラの演出家としてオーストリアとドイツの演劇界で活躍していたマックス・オフュルスが、初めて本格的に映画に進出した作品。シュニッツラーの戯曲の、舞台が原作とはまったく感じさせない見事な映像化で、オフュルスは一躍ドイツ映画のもっとも重要な監督のひとりとなった。また『恋愛三昧』にはオフュルス映画の特徴となる優雅な移動撮影の長廻しに、窓越しや扉越しの画面を好む画作り、劇場を好み、そこを象徴的に使いこなす舞台設定、社会的地位と個人の恋愛の対立……純真な愛情に生きる女と愛だけでは生きられない男というテーマ、オフュルスの映画を凡百の時代物メロドラマから一線を画すロマンチシズムとアイロニーの絶妙な混合などなど、映画作家オフュルスのすべてが、すでにこの処女作に内包されているといっても過言ではない。例えば決闘をクライマックスに、現実社会の制約や皮肉な運命にはばまれた男女が死という形で結ばれる構成は、のちに『忘れじの面影』と『たそがれの女心』の、アメリカ時代、戦後フランス時代それぞれの代表作で繰り返される。
 ユダヤ人であったオフュルスはナチス政権の成立と共にドイツを離れてフランスに移る。だが第二次大戦の勃発でこの安住の地も追われ、アメリカに亡命、そこで自身の最高傑作にして、おそらくアメリカ映画史上もっとも美しい恋愛映画の傑作を発表している……シュテファン・ツヴァイクの短編『未知の女性よりの手紙』を基にした『忘れじの面影』(1948)だ。これは『恋愛三昧』以来描き続けた19世紀ヨーロッパ(とりわけ故郷ウィーン)を舞台とする時代劇恋愛映画の集大成であり、そのロマンチシズムとアイロニー、愛と諧謔の入り交じった眼差しで女とその愛を見つめるその芸術の頂点を極めた。このウィーンが舞台の時代物の傑作の一方で、ハリウッドでのオフュルスは『無謀な瞬間』(1949)『魅せられて』(1949)の二本のノワール・メロドラマで戦後アメリカ映画、とりわけその女性メロドラマの流れに決定的な影響を残している。ちなみに『恋愛三昧』の撮影監督フランツ・プラナーもやはりハリウッドに渡っており、特に『忘れじの面影』の移動車とクレーンを駆使した見事な映像美は忘れ難い。
 オーストリア、ドイツ、フランス、アメリカと越境を続け、演劇、オペラ、映画の三つの芸術形態を渡り歩き、戦後のフランスではフランス映画名作路線の花形監督とさえなったオフュルスだが、その芸術の本質には(アメリカの現代社会を描いた『魅せられて』のような作品にさえ)彼の生まれ育ったウィーン的なロマンチシズムと、おそらくはそのユダヤ的血統に由来するアイロニーが絶妙に交ざり合い、これは『恋愛三昧』から遺作『歴史は女で作られる』まで一貫している。またいかにも19世紀的感性の色濃い、アナクロニズムでさえあるその作風の一方で、後のヌーヴェルヴァーグ世代の批評家たちからも熱い支持を受け、とくにフランソワ・トリュフォーとは年齢を越えた強い友情で結ばれたという。私生活では女優など数々の女性と浮名を流した大変な伊達男でもあったが、仕事の現場でも俳優の演出家、とくに女優の演出家として名高かった。ちなみに『哀しみと憐れみ』『終着駅ホテル』などで知られるドキュメンタリー映画作家マルセル・オフュルスは彼の息子で、ハリウッド時代の父の助手、助監督として映画界に入った。

(あらすじ)
 ウィーンの歌劇場。1幕と2幕の間に、竜騎兵の中尉フリッツ・ロベイメル(ヴィルフガング・リーベネイネル)とテオ・カイゼル(ウィリ・エイヒベルガー)の頭の上にオペラグラスが落ちてくる。天井桟敷でそれを落としたのはオーケストラの楽員ヴェイリンク(パウル・ホエルビガー)の娘クリスティーネ(マグダ・シュナイデル)とその友人のミッツィ(ルイーズ・ウルリッヒ)。第2幕が始まると、フリッツは席を外す。彼は男爵夫人(オルガ・ツチェコヴァ)の愛人で、夫の男爵(グスタフ・グリュエンドゲンス)が劇場に来たのを見計らって、オペラが終わるまでのあいだ彼女の邸宅で逢い引きするのだった。フリッツは愛人に、この不倫の関係は自分にとっては耐えがたいものになりつつあると告白する。ところがその晩、男爵はオペラを最後まで見ずに早めに帰宅して来た。フリッツは危うく見つかるところだった。男爵はそんなに長い間君をひとりぼっちにしてはおけないと思ったからだ、と妻に言うのだが……。一方劇場ではテオが例のオペラグラスを守衛に届けると、ちょうどそこにミッツィとクリスティーネが忘れ物のオペラグラスを取りに来た。3人はすぐに意気投合し、一緒に出掛ける。テオは二人にトケイ・ワインを御馳走する。そこへフリッツが合流し、二人の中尉はそれぞれに二人の娘を送って行く。フリッツはクリスティーネと夜道を歩きながらも、男爵夫人とのことで気難しい顔をしている。クリスティーネは彼の頭痛を気遣ってオーデコロンをつけたハンカチを頭につけてやるのだった。帰宅したクリティーネに、父は歌劇場の支配人が彼女を歌手として雇うつもりだという嬉しい報せを告げた。
 郊外の演習で、二人の中尉は先夜の二人の娘のことを話す。テオは自分はいつでもミッツィのような女を選ぶ。その方が簡単だという。フリッツは自分は君ほど簡単じゃないというが、テオはいずれにしろ自分はミッツィに会うし、 君も一緒にくるんだと言う。一方ミッツィとクリスティーネも仕事先の洋品店で彼らのことを話していた。クリスティーネはフリッツのことを、彼はもしかしたら生まれつき物静かで哀しげなのかも、と言う。演習から戻ったフリッツの所には、先夜オーデコロンつきのハンカチをつけたときクリスティーネに手渡したままになっていた帽子が、彼女から送られて来ている。ただしフリッツが夜無帽で歩いていたことは上司から問題にされた。将校たちの食事では上司のこの発言について冗談を交えた噂話が飛び交う。
 フリッツとテオはクリスティーネとミッツィを連れて食事にいく。会話の話題はダンスのことに。そこでフリッツがクリスティーネをダンスに誘う。二人はお互いにひかれていた。テオたちは二人を残してミッツィの家に「トケイ・ワインを飲みに」いく。二人はそのまま踊り続け、フリッツは彼女と会い続けることを約束する。
 翌晩、フリッツは男爵邸に招かれ、夫人と踊る。男爵は二人をじっと見ている。男爵はフリッツに話があるので明日夕刻にでも来てくれるよう言う。客たちは「これは離婚訴訟になるぞ」と噂する。
 フリッツとクリスティーネは雪道を橇で散歩する。彼女は彼に「君を永遠に愛する」と誓わせ、彼は「だが永遠ってどういう意味だい?」と聞き返す。彼女は「一生のさらにその先までよ」と答える。彼女は「わたしはあなたのことを何も知らないわ。あなたの人生を話して」とせがむ。彼の答えは「君と出会ってからは、過去は僕には何の関係もなくなったんだ」「父に会うのはまだ早いかしら」と彼女が言うと、彼は冗談めかして「君の父さんに会ったら、僕はその後永遠に待ち続けることになる」と言う。すると彼女は「永遠? 永遠ってどういう意味なの?」と彼をからかうのだった。
 夕方、男爵夫妻を訪ねたフリッツはなんとかその場をとりつくろう。辞去しようとしたとき、男爵の兄が訪問する。男爵が席を外したあいだに、フリッツは不安にかられた夫人に自分のアパートの鍵を返すように言う。兄から妻とフリッツをめぐる噂について聞かされた男爵は、フリッツが改めて辞去した後、妻の制止を無視して彼女の部屋に駆け上がった。
 テオとミッツィが二人の中尉のアパートにいる。そこへフリッツが帰ってくる。クリスティーネはまだ来ていない。テオはミッツィを適当にあしらって席を外させる。フリッツはテオに、男爵夫人と別れたことを嬉しそうに告げた。呼び鈴が鳴る。てっきりクリスティーネだと思ってドアを開けるフリッツ、だがそこにいたのは男爵だった。男爵は妻と彼をめぐる噂について語り、「君に名誉をかけて誓ってほしい」と言うが、彼には答えられない。男爵は辞去の挨拶をすると、もって来た鍵をフリッツのアパートの玄関に当てる。果たしてドアはその鍵で開いた。
 テオは今更終わった情事のことでクリスティーネとの幸福を棒に振る気か、とフリッツを責める。フリッツはクリスティーネに真実を告げられないので、しばらく旅行に行くと告げる気だという。テオはどうせ決闘の9割9分は怪我らしい怪我もしないのだし、とフリッツを元気づけようとするが、彼はなにか不吉な予感に捕らわれており、僕がいなくなったらクリスティーネを頼むと告げる。一方なにも知らないクリスティーネは、オペラで歌えることになったと大喜びだ。だが翌晩には、恋人のふさぎこんだ様子が心配で仕方がなくなり、旅行なら二日以内には帰って来てという。だがすぐに、あなたは自由なのだからと言い直すのだった。「ただこれだけは信じてほしいの。わたしはあなた以前に誰も愛したことはないし、今後もあなた以外は誰も愛さないでしょう。」
 裁判で男爵とフリッツの決闘が決まる。テオはもう終わった情事なのだからなんとか決闘を阻止したいと上司に訴えるが、これは名誉の問題だとつっぱねられる。
 フリッツはクリスティーネの自宅を訪ねるが彼女は歌劇場に仕事にいっており留守で、父ヴェイリンクが代わりに出迎える。フリッツは私は今日から旅行に行って明日戻るからと伝えてくれるよう頼む。クリスティーネの事を尋ねるフリッツに、父は彼女が母を12歳で失ったと語る。別れ際、父は彼のことを、娘に聞いて想像していた通りの人だと満足そうに言った。
 テオとミッツィは決闘の行われる森の前で待つ。決闘で先に撃つのは男爵と決まっていた。2発目の銃声が聞こえたら、それはフリッツの撃った弾だから、彼が無事だという印だ、とテオはミッツィに説明する。だが一発目の銃声のあと、いつまでたっても森は静かなままだった……。
 歌劇場でリハーサル中のヴェイリンクをミッツィとテオが呼び出した。フリッツの死を告げられた父は、娘を案じて二人とともに自宅に急行する。そのころクリスティーネはフリッツのアパートへ。三人がそこに駆けつける。「フリッツはどこに?」と尋ねるクリスティーネに、テオは真実を告げる。彼は決闘で死んだ。「なぜ?」「終わった情事だ、女だ」「それで彼女の夫が……女の人……私は二度と彼に会わないわ……私を愛してると言ったのに、別の女の人が…嘘よ…彼は私を愛してると言ったのだから」。父はなんとか娘を労ろうとし、家にお帰りと言う。その言葉通りアパートを出て、階段を降りて行くクリスティーネ。そして…… 「僕は誓う…君を愛することを」「私を愛することを、永遠に……」二人の声が雪の森に響く。