1925年7月、カルナータカ州バンガロールに生まれる。本名はグルダット・パドゥコーネー。1944年にプネーのプラバート映画社入り。その2年後、「Hum Ek Hain」で振付けと助監督を担当。1951年、初の監督作「賭け」で成功を収め、以後、俳優・監督・製作者として次々と作品を生み出す。1959年に半自伝的映画「紙の花」を発表後、監督業からは撤退するも、製作と出演は続ける。64年10月10日、自宅にて自ら命を絶つ。
賭け Baazi 1951
網 Jaal 1952
鷹 Baaz 1953
表か裏か Aar Paar 1954
55年夫妻 Mr. & Mrs.'55 1955
渇き Pyaasa 1957
紙の花 Kaagaz Ke Phool 1959