1908年、デュッセルドルフ生まれ。8歳でエッセンに移り住む。1928年から、ミュンヘン大学でドイツ文献学、美術史、演劇学を学ぶ。在学中、演劇に強く傾倒。その後、カバレット・アンサンブル Die vier Nachrichter のメンバーとしてドイツ、オーストリア、スイスの劇場を巡業。1936年より、ライプチヒ劇場で俳優、演出家として活躍。1939年、「キティーと国際会議」で映画監督デビュー。英国寄りの作品という理由で上映禁止となる。以後、30本以上の映画を監督する。第二次大戦後、ハンブルクの放送局で放送劇の仕事にも従事。1960年代にはテレビ界にも進出し、俳優としても活躍した。
さようなら、フランツィスカ! Auf Wiedersehen Franziska! 1941-1942
短調のロマンス(ロマンツェ・イン・モル) Romanze in Moll 1943
グローセ・フライハイト7番地 Grosse Freiheit 1943-1944
橋のたもとで Unter den Brücken 1944-1945
あの頃は In jenen Tagen 1946-1947
最後の橋 Die letzte Brücke 1953-1954
ルートヴィヒ2世―ある王の栄光と没落
Ludwig II– Glanz und Elend eines Königs 1954
悪魔の将軍 Des Teufels General 1954-1955
雨の夜の銃声 Himmel ohne Sterne 1955
ケペニックの大尉 Der Hauptmann von Köpenick 1956
チューリヒで婚約を Die Zürcher Verlobung 1956-1957
赤毛の女 Die Rote 1962