アテネ・フランセシネマテーク 映画の授業 作品解説

■古典映画編

鄙(ひな)より都会へ

鄙(ひな)より都会へ
Bucking Broadway

1917年/53分/デジタル
監督:ジョン・フォード
出演:ハリー・ケリー モリー・マローン

駆け落ちした婚約者を取り戻すため、西部のカウボーイのシャイアンがニューヨークに乗り込み、大暴れする活劇。カウボーイを乗せた馬の群れが目抜き通りを駆け抜ける様を捉えたクライマックスの移動ショットには、撮る喜びが充溢している。フォードがハリー・ケリーを主演に撮り続けた「シャイアン・ハリー」ものの一本で、若きフォードの映画的資質の萌芽がうかがえる。長く失われたとされていたが、2002年にフランスで発見された。


アイアン・ホース

アイアン・ホース
The Iron Horse

1924年/150分/デジタル
監督:ジョン・フォード
出演:ジョージ・オブライエン マッジ・ベラミー

1869年の大陸横断鉄道開通に至る建設の苦闘を描いた壮大な叙事詩で、フォックスに移籍したフォードが最初に成功を収めた作品。西部の雄大な景観を捉える類い稀な感覚がすでに遺憾なく発揮されている。今日では西部劇の代名詞のようなフォードだが、2年後の『三悪人』(1926)が興行的に失敗した後、『駅馬車』(1939)まで13年間このジャンルを撮ることはなかった。主演のジョージ・オブライエンは本作でスターの座を掴んだ。

パンドラの箱

パンドラの箱
Die Büchse der Pandora

1929年/132分/デジタル
監督:ゲオルグ・ヴィルヘルム・パプスト
出演:ルイーズ・ブルックス フリッツ・コルトナー

ヴェーデキントの戯曲『地霊』『パンドラの箱』を原作に、パプストが撮ったワイマール期ドイツ映画の代表作。周囲の男たちを次々に破滅させながらも、悪意も打算もなく本能のままに生きる娘ルルを、ハリウッドから招かれたルイーズ・ブルックスが体現する。殺人の容疑で追われロンドンへ逃れたルルは街娼となり、客にとった切り裂きジャックの手にかかる。ブルックスのボブヘアと退廃的な美貌が伝説を刻んだサイレント期屈指の一本。


淪落の女の日記

淪落の女の日記
Das Tagebuch einer Verlorenen

1929年/110分/デジタル
監督:ゲオルグ・ヴィルヘルム・パプスト
出演:ルイーズ・ブルックス フリッツ・ラスプ

『パンドラの箱』に続く、パプスト=ブルックス二度目にして最後の顔合わせとなった主演作。マルガレーテ・ベーメの実録風小説を原作に、私生児を産んだために感化院へ送られた娘ティミアンが、脱走の末にやがて娼婦へと身を落とす転落の道行きを描く。ブルックスの受身的な演技の魅力は、前作のルルとは異なる新たな〈宿命の女〉を体現した。公開時は検閲で上映禁止や大幅なカットを被り、結末の改変を余儀なくされたことでも知られる。

死滅の谷

死滅の谷
Der müde Tod

1921年/99分/デジタル
監督:フリッツ・ラング
出演:リル・ダゴファー ヴァルター・ヤンセン ベルンハルト・ゲッケ

インドの民話「サヴィトリ」に着想を得て、ラングが表現主義の様式で作り上げた初期の傑作。原題は「疲れた死神」。恋人を失ったヒロインは、死の壁の向こうに住まう死神から恋人を取り戻そうとする。死神は3本の燃えるろうそくを示し、この命の炎が消える前に誰か一人の命でも救えれば恋人を返すと約束する。カリフの都、ヴェネツィア、中国を舞台にした三つの挿話を通じ、彼女は試練を乗り越えられるのか。運命と死をめぐる幻想的な寓話。


スピオーネ

スピオーネ
Spione

1928年/144分/デジタル
監督:フリッツ・ラング
出演:ルドルフ・クライン・ロッゲ ゲルダ・マウルス ヴィリー・フリッチ

『ドクトル・マブゼ』以来6年ぶりにラングが手がけた犯罪映画。脚本は妻テア・フォン・ハルボウとの共同。表向きは銀行頭取だが陰で国際的な犯罪組織を操る悪党ハギと、彼を追うエージェントとの息詰まる攻防を描く。『メトロポリス』の大幅な予算超過で窮地に立たされ、比較的低予算のスパイ・アクションへと路線転換し、この娯楽性豊かな一作を生み出した。日本風の切腹シーンなど奇異な見せ物も登場する、変幻自在な語り口が魅力の快作。

ピカデリイ

ピカデリイ
Piccadilly

1929年/110分/デジタル
監督:E・A・デュポン
出演:アンナ・メイ・ウォン ギルダ・グレイ ジェイムソン・トーマス

ロンドンの高級ナイトクラブ〈ピカデリイ〉を舞台に、皿洗いの中国人娘ショウショウが踊りの才能でスターダンサーへとのし上がる過程と、それが招く嫉妬の悲劇を描く。主演アンナ・メイ・ウォンの妖艶な存在感に加え、撮影のヴェルナー・ブランデス、後にパウエル=プレスバーガー作品の美術で名を馳せるアルフレート・ユンゲらドイツ勢による、流麗な移動撮影と表現主義的な陰影の画面が光る。英国サイレント映画末期の傑作と評される。


ダートムアの田舎家

ダートムーアの田舎家
A Cottage on Dartmoor

1929年/85分/デジタル
監督:アンソニー・アスキス
出演:ノラ・バリング ウーノ・ヘニング ハンス・アダルベルト・シュレットウ

映画は、脱獄したジョーがダートムーアの荒野を逃れゆく場面に始まる。長い回想が語るのは服役までの経緯。理髪店の見習いジョーは同僚のマニキュア嬢サリーに恋い焦がれるが、彼女は常連客の農場主ハリーと婚約し、嫉妬に取り憑かれたジョーは剃刀でハリーを傷つける。物語は現在に戻り、ハリーと結婚したサリーが暮らす荒野の一軒家で結末を迎える。表現主義的な陰影と巧みなモンタージュで男の妄執と孤独を描く、アスキス初期の代表作。

■現代映画編

ある夏の記録

ある夏の記録
Chronique d'un été

1961年/86分/デジタル
監督:ジャン・ルーシュ エドガール・モラン
出演:アレクサンドル・アントノフ ウラジーミル・バルスキー

1960年夏のパリで、人類学者ジャン・ルーシュと社会学者エドガール・モランが共同監督した「シネマ・ヴェリテ」の代表作。「あなたは幸せですか」と街行く人々に問いかけ、労働者や学生、移民らが幸福や仕事、愛、アルジェリア独立問題などについて語る本音を記録する。撮影はケベックの名手ミシェル・ブローら。出演者に映像を見せて感想を語らせる場面まで収め、記録映画の方法自体を問う実験でもある。カンヌ国際批評家賞受賞。


風の物語

風の物語
Une histoire de vent

1988年/78分/35mm
監督:ヨリス・イヴェンス(共同監督:マルセリーヌ・ロリダン)

中国のゴビ砂漠に座り、老いた映画作家イヴェンス自身がキャメラで風を捉えようとする姿を綴る遺作。幼い頃から喘息に苦しみ、玩具の飛行機で中国へ飛ぼうと夢見た少年時代の記憶、京劇の孫悟空や月世界への夢想が、ドキュメンタリーと虚構の境を自在に往還する。発作に倒れてなお風を待つ老人の前で、老婆が砂に魔法の図形を描くと、静かだった砂漠に大風が吹き始める。生涯、世界中で撮り続けた「風を飼いならす」試みの総決算。

労働者たち、農民たち

労働者たち、農民たち
Ouvriers, paysans(Operai, contadini)

2000年/123分/35mm
監督:ジャン=マリー・ストローブ ダニエル・ユイレ
出演:(証言者12名による出演)

傑作『シチリア!』に続くストローブ=ユイレの野心作。原作はエリオ・ヴィットリーニ『メッシーナの女たち』第44章から第47章。終戦後まもないイタリア山中の村を舞台に、行き場を失った戦争難民たちが、冬の苦難と対立、そして労働者と農民の共生の喜びをそれぞれの視点から証言する。森の中にほぼ直立不動で佇む12人が手にした台本を朗読する様を、固定の長回しで捉え続ける、映画と演劇と言葉の関係を問い直す問題作。


あの彼らの出会い

あの彼らの出会い
Quei loro incontri

2006年/68分/35mm
監督:ジャン=マリー・ストローブ ダニエル・ユイレ

パヴェーゼの神話的対話詩篇『レウコとの対話』の最後の5篇「人類」「神秘」「洪水」「ムーサたち」「神々」を映画化。古代ギリシャの神々、半神半人、森の精、そして死すべき運命を負う人間らの思索的な対話が、オリュンポスに見立てたトスカーナの山腹を舞台に、農民や郵便局長ら土地の人々によって朗誦される。ヴェネツィア国際映画祭で「映画言語の革新」に対する特別獅子賞を贈られた、ストローブ=ユイレ晩年の到達点。


ジャン・ブリカールの道程

ジャン・ブリカールの道程
Itinéraire de Jean Bricard

2008年/40分/35mm
監督:ジャン=マリー・ストローブ ダニエル・ユイレ

ジャン・ブリカールは1932年にロワール河近辺で生まれ、92年に引退するまでコトン島の砂質採取事業の責任者だった。ドイツ占領下の記憶などの過去を振り返る彼の飾らない語りは、1994年に社会学者ジャン=イヴ・プチトーが録音したもの。モノクロのキャメラが河と島の風景を舟上から静かに捉える、素朴な肖像画のような佇まいの一篇。2006年のユイレ死去により、ストローブ=ユイレ名義では最後の監督作となった。

秋のドイツ

秋のドイツ
Deutschland im Herbst

1978年/119分/デジタル
監督:ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー アルフ・ブルステリン アレクサンダー・クルーゲ マクシミリアーネ・マインカ エドガー・ライツ カーチャ・ルーペ ハンス・ペーター・クロース フォルカー・シュレンドルフ ベルンハルト・ジンケル

1977年、ダイムラー・ベンツ重役で経営者団体連盟会長のシュライヤーが誘拐、殺害された「ドイツの秋」事件を契機に、クルーゲの呼びかけで制作されたオムニバス映画。赤軍派テロと国家権力による締め付けが交錯する社会不安の渦中で、ファスビンダーら9人の監督が各エピソードを通じてドイツの歴史と思想構造を問い直した、ニュー・ジャーマン・シネマの記念碑的共同制作。一つの危機意識のもとに結晶した稀有な時代の肖像。


オルフェア

オルフェア
Orphea

2020年/99分/デジタル
監督:アレクサンダー・クルーゲ カヴン
出演:リリト・シュタンゲンベルク イアン・マドリガル

ギリシャ神話「オルフェウスとエウリディーケ」の性を入れ替え、女性詩人オルフェアが失われた夫エウリディーコを取り戻そうとするだけでなく、すべての死者を生の領域へ連れ戻そうとする物語へと大胆に語り直す。フィリピンのスラム、ロシア革命、シリコンバレー、ヨーロッパの移民を映しながらチャイコフスキーやリルケ等を自由に引用し、混沌のまま21世紀の総合芸術へと結晶させる、クルーゲとカヴンの共作による近作。

マルセイユ

マルセイユ

2004年/95分/デジタル
監督:アンゲラ・シャーネレク
出演:マーレン・エッガート マリー=ルー・ゼレム デヴィット・シュトリーゾフ アレクシ・ロレ

写真家ゾフィーは、部屋交換の広告を見て2月のマルセイユに滞在し、街を撮り歩き、車を貸してくれた自動車工ピエールと言葉少なな時間を過ごす。場面は唐突にベルリンの日常へと切り替わる。親友の女優ハンナ、その夫で同じ写真家のイヴァン、幼い息子。イヴァンへの秘めた想いを抱えたまま、ゾフィーは再びマルセイユへ向かう。会話を極限まで切り詰めた省略の語りで人々の孤独とすれ違いを見つめる、カンヌ「ある視点」部門出品作。


ある女の復讐

ある女の復讐

2012年/100分/DCP
監督:リタ・アゼヴェード・ゴメス
出演:リタ・ドゥラン フェルナンド・ロドリゲス イザベル・ルト

19世紀、放蕩的な生活を送るロベルトは、ある娼婦と出会う。彼女はかつてシエラレオネ公爵の妻だったことを明かし、夫のいとこと交わした禁じられた恋と悲劇、復讐の物語を語っていく。バルベー・ドールヴィイの原作を構想から十数年を経て映画化。カメラ前の演劇上演を意図的に示す演出とアカシオ・デ・アルメイダの美しい撮影、常連リタ・ドゥランの力強い演技により、ポルトガル映画を代表する女性映画と評価される。

ラ・パロマ

ラ・パロマ
La Paloma

1974年/110分/35mm
監督:ダニエル・シュミット
出演:イングリット・カーフェン ペーター・カーン ペーター・シャテル ビュル・オジェ

青年貴族のイジドールは、不治の病で余命幾ばくもない娼館の歌姫“ラ・パロマ”ことヴィオラに魅せられ、彼女もその一途な愛を受け入れ二人は結婚する。病から回復したパロマは夫の友人ラウルと激しい恋に落ちるが、ラウルが去った後、次第に精気を失って死ぬ。彼女の遺言により三年後に墓を掘り起こしイジドールは棺を開けるが…。愛と狂気と死を描き、歌劇や怪奇、メロドラマへのフェティッシュが混交するシュミットの代表作。


薔薇の王国

薔薇の王国
Der Rosenkönig

1986年/106分/35mm
監督:ヴェルナー・シュレーター
出演:マグダレーナ・モンテツマ モステファ・ジャジャム アントニオ・オルランド

ポルトガルの片田舎で薔薇を育てるドイツ人女性アンナと、彼女が溺愛する息子アルベルト、そこに現れる無垢な青年フェルナンド。三人の間に近親相姦と同性愛的な欲望が入り混じる幻想的な関係が生まれる。過剰なまでに様式化された画面と音楽が織りなす耽美と狂気の世界は、田園を舞台にしながらどこか異界のように映る。シュレーターと長年組んだマグダレーナ・モンテツマの遺作となった、愛と死をめぐるひときわ濃密な一本。