通信教育制度改定反対闘争の中で、学ぶこと、働くことを改めて問い直す4人の通教生。その運動の行方と逡巡する心の軌跡を追って、キャメラもついに駆け廻りだす。
高崎経済大学の学園闘争の記録にして、60年代後半の全国的な学園叛乱の予兆に満ちた自主製作映画。効果的に使われた“盗み撮り”の手法と、小川はこの後訣別してゆく。
第一次佐藤首相訪米阻止闘争の中で起こった京大生の死の真相を探る。「権力との衝突の際に、(キャメラは)決して警察権力と学生の間に横位置に居るべきではなかった」。(小川)
「三里塚」シリーズの第一作。「全部(のショットを)、農民の列中から、その視座から撮り、権力側を撮るにも、正面から、キャメラの存在をかけて、それとの対面で、すべてを撮った」。(小川)
機動隊との闘争やパルチザン軍事訓練の様子、そして皮肉なほど平穏な京都市民の姿など、活動家・滝田修の姿を通して60年代の学生運動を映し出す。小川プロダクションが製作。
通称「三里塚の冬」。離脱者が出る中で、空港反対派農民に徐々におとずれる疑問・空虚感。官憲との衝突を繰り返しながらも、戦いは自己自身の内面へと向けられてゆく。
自ら糞尿弾と化して測量を阻止せんとする農民たち。キャメラは文字通り彼らに徹底的に伴走する。闘争が激化し、緊急に撮影・編集・上映されたシネ・トラクト。
破壊されるバリケード小屋。農婦らは自らを鎖で縛りつけて後退を拒む。地下深く掘られた壕の中、ロウソクの灯の下で抵抗が続く。マンハイム映画祭スタンバーグ賞を受賞した、シリーズ中の核。
反対同盟を中心に計画された滑走路使用不能大作戦。滑走路南端にあたる岩山地区にみるみる60メートルの大鉄塔が築かれてゆく。
“闘い”から“闘いの中の日常”へ。固い団結を誇る辺田部落に住みついたキャメラは農民の声を聞き撮りしてゆく。「古屋敷」「牧野」へ移行する分水嶺となったシリーズ第6作。
小川プロの若手スタッフが横浜・寿町に住みついた。寄せ場に集まる労働者=土を離れた農民の個人史が浮き上がる。「貧乏じゃ汚くならないね、人間は。貧すれば光るって、ほんとだよ」。(小川)
山形県に移り住んだ小川プロから上山市への名刺がわりの一本。新設ゴミ処理場のPR映画の体裁をとっているが、煤煙公害をめぐってキャメラは清掃作業員の視座から追求をはじめる。
三里塚へ4年ぶりに”里帰り”した小川プロは、依然つづく空港反対闘争とともに農地を荒らす自然現象にもキャメラを向ける。鉄塔は倒され、その上を五月の”赤風”が吹き過ぎる。
「お蚕さま」を育てる小川プロを、強力なコーチ・木村サトさんが指導する。やがて養蚕作業の中からサトさんの人生の軌跡が浮かび上がる。同録8ミリをブロー・アップした超文化映画。
山形在住の詩人・真壁仁の詩碑が蔵王に建った。刻まれた詩は「峠」。長廻しのインタビューを通して詩人の昭和史が語られてゆく。小川紳助の真壁仁にたいする親愛が伝わってくるような、心温まる小品。
稲の凶作の原因を探るサスペンスフルな科学映画の前半から、村の古老たちが自分史を語り「ニッポン国」のフシギな姿が浮上する後半へ。ベルリン映画祭国際批評家賞受賞作。
牧野村移住13年の集大成にして小川紳介映画渡世の総決算。稲の中に宇宙が広がり、様々な出土品は村の古層を現前させ、ドキュメンタリーとフィクションはボーダーレスとなる。
87年夏、土、藁、葦、丸太で出来た「1000年刻みの日時計」専用の映画館が京都に出現。この劇場を建設し、命を吹き込んだ若者たちを小川紳介が関西のスタッフとともに描く。
1989年秋、第一回山形ドキュメンタリー映画祭に世界各地の映画人が集った。映画祭の顔として駆け回る小川紳介。一方アジアの作家たちはタヒミック起草の「映画宣言」を採択して意気あがる。