現代ヨーロッパ映画(その1)-移民・難民・越境・辺境・マイノリティ― 作品解説

「ドイツ映画の移民と難民」

ドイツ映画における移民・難民はいまや日常的な素材となった。鋭い社会観察と共に笑いやスリルを盛り込んだ商業作品も生み出されている。そこに国民の枠を超えたグローバルな文化の活力を見出すことができるのではないか。
渋谷哲也(ドイツ映画研究者)



女闘士

女闘士

Kriegerin
2011年/103分/デジタル
監督:ダーヴィット・ヴネント
出演:アリーナ・レフシン、イェラ・ハーゼ、サイド・アフマド

旧東独地域の小都市、ナチスに心酔し難民を襲撃するネオナチの若者たちの日常が赤裸々に描かれる。主人公マリザは気まぐれでアフガン難民少年に大怪我させた罪の意識から、次第にネオナチの歪んだ認識に気づかされてゆく。ヴネント監督のポツダム映画大学卒業制作として完成された。

辛口ソースのハンス一丁

辛口ソースのハンス一丁

Einmal Hans mit scharfer Soße
2013年/96分/デジタル
監督:ブケット・アラクシュ
出演:イディル・ウネール、アドナン・マラル、シーア・エログリュ

ヒロインはトルコ系移民2世、未婚の妹の妊娠に因習的な両親が気づく前にやはり未婚の姉ハティジェが先に結婚せねばならない。だが彼女は恋人と別れたばかり、てんやわんやの婿探し騒動が幕を開ける。東京国際映画祭やあいち国際女性映画祭にも出品したブケット・アラクシュ監督による痛快なコメディ映画。

「アブドラティフ・ケシシュ/作家主義の行方」

作家主義の最良の継承者ケシシュの映画には、共和国で生きる男たち、女たちへの尽きることない愛情が脈打っている。あらゆる壁を突破して移民映画の彼方を開示する彼の作品の魅力を、注目の俊英・三浦哲哉氏と語りあう。
野崎歓(フランス文学者)



身をかわして

身をかわして

L'Esquive
2003年/117分/35mm
監督:アブデラティフ・ケシシュ
出演:サラ・フォレスティエ、オスマン・エルカラス、サブリナ・ウアザニ

パリ郊外の低所得者用団地で育つ少年少女の日常を、これほど生々しく鮮烈に描き出した映画はかつてなかった。しかも彼らは各自が思惑を秘めつつ、古典演劇の上演に向け燃え上がる。何というすさまじい言葉のポリフォニー、しぐさの饗宴だろう。奔放なパワーと繊細なドラマの共存がケシシュの本領だ。

クスクス粒の秘密

クスクス粒の秘密

La graine et le mulet
2007年/137分/デジタル
監督:アブデラティフ・ケシシュ
出演:アビブ・ブファール、アフシア・エルジ、ファリダ・バンケタッシュ

移民港湾労働者として家族を養った亡き父へのオマージュをこめた傑作。南仏の港の目覚ましい描写に、ルノワールの再来かと叫びたくなる。物語の核心に秘められているのは女性礼讃の熱き想いだ。継父のために文字通り一肌脱ぐヒロイン、クライマックスでの降臨は観客を興奮のるつぼに誘うことだろう。

「ジョージア(グルジア)映画の魅力」

ロシアやトルコと隣りあうジョージアは、西洋と東洋の多民族が行き交う要衝の地。ジョージアに特有の因習をテーマにした新旧の名作映画を鑑賞し、スラブ文学者の沼野充義さんに背景にある文化についてお話をうかがいます。
金子遊(批評家・映像作家)



希望の樹

希望の樹

Natvris khe
1977年/108分/35mm
監督:テンギス・アブラーゼ
出演:リカ・ガヴラジャーゼ、ソソ・ジャチブリアニ、カヒ・ガヴサーゼ

原作は詩人ギオルギ・レオニゼの短編小説集。ロシア革命前、農民や牧童が暮らす東部カヘティ地方の山村には、根強い因習が残っている。長老、アナーキスト、学者、神父、夢想家、占い師など民話に登場するような人たちによる群像劇が進み、次第に美しい娘マルタと牧童の悲恋の物語へと収斂していく。

花咲くころ

花咲くころ

In Bloom
2013年/102分/デジタル
監督:ナナ・エクチミシヴィリ、ジーモン・グロス
出演:リカ・バブルアニ、マリアム・ボケリア

ソ連解体後の内戦が続く、90年代初頭のトビリシ。14歳の少女ナティアとエカは、家庭にも学校にも居場所がないと感じている。ある日、友人の少年から護身用の拳銃を預かったナティアは、人生を変えてしまう事件に巻きこまれる。カフカース地方に残る誘拐婚の因習を扱った、新世代による重厚な女性映画。

「フランスと移民」

シャルリー・エブド襲撃事件後、欧州とイスラム教との対立は図式化された。だが、2本の映画の対照的なイスラムの描き方からは、その図式の杜撰さが見えてくる。映画評論家の田中千世子氏を迎え、さらにその図式を突き崩したい。
夏目深雪(批評家・編集者)



長い旅

長い旅

2004年/108分/35mm
監督:イスマエル・フェルーキ
出演;ニコラ・カザール、ムハンマド・マジュド

モロッコ系移民2世フランス人のレダは、敬虔なムスリムの父親に頼まれ、メッカまでの運転手をするはめに。 “メッカ巡礼”の旅に出た父と子を通じ、移民のジェネレーションギャップ、その軋轢と和解を描き、宥和を提示する。パリからサウジアラビアまで7ヵ国をまたぐロードムーヴィが心をくすぐる。
フィルム提供:国際交流基金


ハデウェイヒ

ハデウェイヒ

Hadewijch
2009年/105分/35mm
監督:ブリュノ・デュモン
出演:ジュリー・ソコロウブスキ、カール・サラフィディス、ヤシーヌ・サリム

修道院で生活するセリーヌは、行き過ぎた信仰心ゆえに修道院を追われる。パリの大邸宅での裕福な生活に戻るが、イスラム系のふたりの男性と出会い、神への情熱的で倒錯的な愛に駆られ、危険な道へと導かれてゆく。『ジーザスの日々』(97)でアラブ系青年の偏見を先駆的に描いたデュモンの予言的な傑作。
フィルム:東京国立近代美術館フィルムセンター所蔵作品

「ポルトガル映画の冒険」

革命の進行する1970年代半ばに生まれた作品と、多くの夢が断たれた先の2000年代の作品。オリヴェイラ、モンテイロ、コスタとの交信的接点を確認しつつ、「未知」へと踏み込むポルトガル映画の越境する力を探る。
福間健二(詩人・映画監督)



トラス・オス・モンテス

トラス・オス・モンテス

Trás-os-Montes
1976年/111分/35mm
監督:アントニオ・レイス&マルガリータ・コルデイロ
出演:トラス・オス・モンテスの住民たち

詩人でもあるアントニオ・レイスと先駆的な女性映画作家マルガリータ・コルデイロによる、夢幻的に美しくかつ生の苛酷さをとらえた骨太な作品。「山のむこう」を意味するポルトガル北東部の山岳地帯トラス・オス・モンテスに生きる人々の現在と過去を、記録と幻想を交錯させる自由な手法で描く。

トランス

トランス

2006年/126分/35mm
監督:テレーザ・ヴィラヴェルデ
出演:アナ・モレイラ、ヴィクトル・ラコフ、ロビンソン・ステヴニン

女優の経験もあるテレーザ・ヴィラヴェルデによる悪夢的ロードムーヴィ。アナ・モレイラ演じるヒロインのソーニャの、ロシア、チェコ、ドイツ、イタリアを通過してポルトガルへと至る「経験」は、方向感覚を失ったように、未来への視野を遮断されたヨーロッパを、世界の果てとして浮かび上がらせる。