『鉄西区』の出現はデジタルカメラを使った世界初の思想表現ともいえる大事件なのだ
佐藤真(ドキュメンタリー映画作家)
中国東北地方の斜陽の街角から、突然彗星のごとく出現した『鉄西区』は、立派なひとつの事件である。それは、たったひとりで3年間、デジタルカメラで堂々9時間を越える大作長編を作り上げた、真に革新的なドキュメンタリー出現の衝撃ばかりではない。ダイレクトシネマの方法論的蓄積を批判的に継承しながら、親和力溢れる透明なカメラアイを確立した点にある。
王兵(ワン・ビン)のカメラの対象との距離のとり方には、ワイズマンの冷徹さとも小川紳介の親密さとも違う、柔和な透明さがある。それは、溢れんばかりの情熱を内に秘めながら、木偶坊の如く微笑んで、小さな小さなデジタルカメラをそっと構えているという感じなのだ。
グローバリゼーションの嵐に揺れる世界の激変を、藩陽の鉄工場の街に視座を据えて冷徹に切り取ろうという深遠な思想がこの大長編の隅々に漲っている。その意味で、この『鉄西区』の出現はデジタルカメラを使った世界初の思想表現ともいえる大事件なのだ。