四方田犬彦(映画研究・比較文学研究家)
貞淑な人妻から凶悪な魔女、そして海底の王国の女王まで、美女スザンナはインドネシア映画界に突如、咲き誇った大輪の妖花である。海辺の洞窟で、巨大な卵を割って誕生する血まみれのスザンナ。黄金の衣装をつけ、これも黄金の馬車に乗って、空の彼方へと去ってゆくスザンナ。
もしクリスティン・ハキムがインドネシアの表の顔、聡明にして民族の歴史を担う、誇り高き顔であるとすれば、スザンナのそれは、現世で貶められ、ひとたち人間の共同体から排除されたものの、神秘の力を得て回帰してきた女神のそれである。
スザンナを通して、あの伝説のインドネシア怪奇映画の全貌が浮かび上がる。