渋谷哲也(ドイツ映画研究者)
アンゲラ・シャーネレクの映画について
「(新)ベルリン派」という21世紀ドイツの作家映画が世界で注目を集めてから10年以上が経過した。今や「(新)ベルリン派」は一つの歴史となり、個々の作家たちが新たな地平を目指して活動している。その中で第一世代ともいえるペッツォルト、アルスランと並んで、アンゲラ・シャーネレクはもっとも先鋭的で独自の映画美学を構築した映画作家である。その研ぎ澄まされた映像表現とストーリーを大胆に切断するナラティヴの手法、シャーネレク本人もどの作家から影響を受けたのか分らないという孤高の作風に触れた時、現代のインディペンデントの非商業路線の極限の姿が見えてくる。今世界でもっとも繊細に感情を捉えられる映画の作り手がシャーネレクだと云ってよい。もちろん映画は映像と音と言葉の積み重ねに過ぎない。だがその表層の奥にある見えないもの、聞こえないもの、すなわち人間そのものへと向かうシャーネレクの映画の意義を今こそ真剣に考えてみるべきではないか。