ロシア・アヴァンギャルド映画
井上徹(映画史・ユーラシア文化研究者)
アヴァンギャルドとは何か。未知の領域に接する最前線で〈向こう側〉へ足を踏み込む前衛だ。20世紀初頭、科学を武器として工業文明を本格化させた人間は、世界や自分自身のイメージをつくりかえ、新しい芸術文化を生み出していく。アヴァンギャルド運動は、その大きな流れに自覚的に加わり、未来の芸術を先取りしようとした。そして、19世紀末に工業技術の結晶として生まれた「映画」こそが未来を切り開く道具になると考えた若者たちが、ロシアにも登場する。ヴェルトフ、エイゼンシュテイン、ドヴジェンコ、その他……いずれも独自のベクトルで、映画を通じて人間活動の新たな領域に挑んでいった。
社会に出るタイミングで1917年のロシア革命に立ち会った彼らは、煽動宣伝の世界に活躍の場を見いだす。ジガ・ヴェルトフは革命直後に映画界へ入り、革命を伝えるニュース映画を作りながら、反革命軍との国内戦が続くなか、煽動列車に加わり煽動宣伝の最前線へと飛び出した。そして、キャメラを人間の視覚を拡張し、新しい認識をもたらす道具として活用する〈映画眼〉を提唱し、映画の可能性を追究する実験を推し進める。一方、エイゼンシュテインは、観客に衝撃を与える芸術を求めて演劇から映画界に転進し、ソビエト無声映画の黄金時代を現出した。しかし、〈事実〉をキャメラでとらえることを重視するヴェルトフからの批判を招き、映画の本質をめぐる論争を展開した。ウクライナやドイツで新しい芸術運動に出合ったドヴジェンコは、物語に依拠しない映像詩の領域を開拓する……。
ロシア・アヴァンギャルド映画は、いわゆる実験映画だけではない。多様な映画人がそれぞれの前線を発見し、新しい映画言語の創造と格闘した。そこから生まれた作品は、決して「歴史の一コマ」ではない。今もなお未知の領域に触れていて、われわれを刺戟する。この特集を見た者は、そのことを改めて確信するだろう。