松本俊夫—理論と形式のあくなき葛藤
佐藤真(映画作家)
劇映画、ドキュメンタリー、実験映画、ビデオアート…と、あらゆる映像ジャンルを縦横に越境する映像作家として国際的に活躍する松本俊夫は、一方で常に時代を先駆ける映画理論の提唱者として、また大学における映画教育の先駆者として八面六臂の多彩な貌をもつ作家である。理論と実践、形式と内容の齟齬と解離を真摯に問い続けた松本俊夫のアヴァンギャルド精神の最初の発露は、戦後ニッポンの民主化を主導した記録映画運動の胎内においてであった。それは、戦前の大政翼賛に組みし、戦後になって民主主義に衣替えした映画人の戦争責任を鋭く問うものであった。そして、それまでのドキュメンタリーのテーマ重視の自然主義をかなぐり捨て、来るべきドキュメンタリーはそのスタイルと形式の革新なくしては始まらないことを高らかに宣言した。『安保条約』(1959)から『母たち』(1967)に至る松本のドキュメンタリーの潮流は、記録映画の形式への激しい破壊行為として物議をかもし出す。そうした、ドキュメンタリー内部からの形式の変革が、論理必然的に実験映画や新しいメディアとして出現したビデオアートへと帰結していったのは当然のことと言えるだろう。
今回の「日本ドキュメンタリー作家列伝」は、松本監督自らにプログラムを組んでもらうことで、60年代の実験精神に満ちたドキュメンタリーから、70年代の16ミリフィルムによる実験映画、80年代以降のビデオ作品といった映画作家・松本俊夫の全貌を一気に走りぬける上映会となった。願わくば上映後の対談で、そのあくなきアヴァンギャルド精神の行く末の話が伺えたらと思っている。