次良丸章(インド映画研究者)
グル・ダットを見れば、インド映画がなぜ歌うのか分かるだろう。ミュージカルだから歌うのではない。登場人物が歌わざるをえないから歌うのである。そして普通の映画がなぜ歌わないのか不思議になることだろう。
グル・ダットを見れば、映画は光と陰だと思い出すだろう。ヒロインの顔を揺れながら流れる影、逆光に浮かび上がる主人公のシルエット、まばゆい光線の中に滲みだすように立つ男と女。揺らめく明暗に目を凝らすとき、いつも見る映像はクリア過ぎると気づくだろう。
グル・ダットを見れば、その生涯に思いを馳せるだろう。音楽的なカメラワークからはダンサーだった過去を、ワヒーダー演じるヒロインの人物像からは愛への渇望を、演じる彼自身の表情からは野心と焦燥と孤独を。そして庶民の娯楽であるインド映画の世界で、この繊細な芸術家が存在しえた奇跡に震えるだろう。