渋谷哲也(ドイツ映画研究者)
ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーは、「ゴダール映画の全作品が互いに関係しあう作り方」に刺激されたと述べている。確かにファスビンダーの遺した40数本の映像作品は、一人の作家がどれだけ多様に自身のテーマを追求できるかの究極的事例だ。映画、テレビ、演劇といった様々なメディアを往来しつつ絶えず新しい地平に挑んだ彼のフィルモグラフィーの中で、おそらく最大の異色作が『あやつり糸の世界』である。ダニエル・F・ガロイのSF小説「模造世界」を自由に脚色した二部構成のテレビ映画は、彼の伝記の中で不当に軽視されて続けてきた。SFという外観がもたらす偏見ゆえかもしれない。だがそこでは紛れもなくファスビンダー独自のテーマが展開されている。主観的な世界に押し込められた人々の認識の齟齬、しかも愛と依存のサドマゾ的関係にデフォルメされるのではなく、世界自体が根底から揺らぐ実存的状況として提示される。またとびきり技巧的な撮影(バルハウス)やベテラン俳優たちの起用において、ファスビンダーのメジャー進出の決定的な一歩としても記憶されるべき作品だろう。