トーマス・アルスラン作品集
渋谷哲也(ドイツ映画研究者)
トーマス・アルスランは、ファティヒ・アキンと並ぶトルコ系移民2世の監督として、他方で≪ベルリン派≫という若き映画作家集団の代表的存在として、統一ドイツで最も注目されてきた映画作家の一人である。抑制された様式性ゆえにブレッソンの影響を指摘されることもあるが、アルスラン自身はそんなレッテルにこだわることなく独自の美的様式の作品を発表し続けている。彼の映し出すベルリンは、天使の街でも東西分断の象徴でもない。移民二世の生活空間であるリアルな街並みは、そこに主人公への優しいまなざしと的確な社会観察が絡み合ってかけがえのない映画的空間を構築する。映像不信と社会批判を特徴とした70年代ニュー・ジャーマン・シネマはアルスランの世代によって乗り越えられ、現代ドイツ映画の新しい波はさらに豊かな映像表現の段階に到達したようだ。